目を開けると、薄暗い部屋の中でヨハンがオレを愛おしげに見つめていた。

「ヨハン・・・?」

呼び掛けると、何?とゆっくりと微笑んで聞いてくる。

「オレ、どれくらい・・・気ぃ失ってた?」
「んー、十分くらいかな・・・。体拭いたりとかやっておいたけど・・・。オレ・・・十代に無理させちゃった?」

大丈夫、と笑い返すとヨハンが安心したように口元を緩めた。
めくれたブランケットを肩にかけ、ヨハンが冷えないようにと手で暖めてくれる。
お互いに見つめ合い、照れくさそうに笑い合う。
そんな事を繰り返しながら時間を過ごしていた。

「なぁ、十代。お願いがあるんだけどさ」
「うん?」
「二人でキスしている写真・・・撮ってもいいか?」
「ぅえっ・・・?」
「オレさ、何でも記念に写真に撮りたいタチなんだよ。なっ、お願い!」
「えぇー・・・。無理ぃ・・・」

ヨハンには悪いが、そういうのってちょっと・・・。
ヨハンは残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直した様子で口を開く。

「じゃ、じゃあさ!」

まだ・・・何かあるのか?

「十代に・・・指輪を贈ってもいい?」
「え・・・それって・・・」

まさか、プロポーズ・・・?

「早過ぎるって分かってる。でも、十代とは恋人ってだけじゃなくて、もっと強い結びつきである家族になりたいんだ・・・」
「ヨハン・・・」

家族になりたい・・・か。
カイザーのプロポーズは『俺の妻になれ』だった。
直接的過ぎてオレはずっとワタワタしていた。
たたみ掛けるように返事を求められ、思わず好きだと本音を言ってしまったあの時の強引な手口。
でも嫌じゃなかった。
オレもずっとカイザーの事を想ってたから・・・。
こんな風にヨハンと体を交わしあったが、オレはまだ想いの踏ん切りをつけれていない。

「もう少し、オレはこのままでいたい・・・」
「・・・十代はまだオレの事・・・そういう意味で好きじゃないのか・・・?」
「そうじゃない・・・。ただ・・・ただ、もう少し待って欲しいんだ・・・」

不安そうに見つめるヨハンを安心させる為、軽く頭を撫でた。
困ったように笑うオレを見て、ヨハンはため息を吐く。

「ごめん。焦り過ぎた。十代はまだ大切な人を亡くしたばかりだもんな。無神経だった」
「ううん・・・気にしないでくれ。気持ちの整理が出来たら、また・・・」
「分かってるから、十代。・・・無理強いはしないよ」

オレを優先してくれるヨハンの気遣いに、小さくごめんと呟いた。
そんなオレにヨハンはいいよ、と微笑む。

「もっともっと、オレたち分かり合えたら・・・結婚しような。・・・なぁ、十代」

頷くとヨハンはオレの髪を指ですいてくれた。
その指の動きに眠気を誘われる。
オレはヨハンに笑い掛けると睡魔に身を委ねた。




















ヨハンと暮らし始めて十一日目の朝。
ヨハンは今日も早くから仕事に出かけていった。
ユベルも午後からバイトがあったらしく、オレは初めてこの家で一人過ごす事になった。

「ねぇねぇ、十代・・・。ボク今日ね、バイト早めに終わる予定なんだ」

ユベルが出掛ける際にオレを見上げてこう言った。
オレは特別、ユベルのスケジュールを管理などしていない。
そうか、と普通に返し、『気を付けて帰ってこいよ』と見送ろうとしたらムスッとした顔になる。

「もう、十代ったら・・・」

何故だろう。
ユベルは急に不機嫌になって出掛けて行った・・・。







二人を見送り、一人で過ごすこの家で初めての時間。


・・・。


今のオレは・・・世間で言うと何という立場なんだろう?
リビングのソファーでダラダラと時間を持て余していたオレは、今の自分について考えてみた。


居候?


家事手伝い?


ニート・・・?


いずれにせよ、体裁の良い状況じゃない。
何かきちんとした仕事でも見つけないと・・・。


・・・。


そうだ!
そういえば、ヨハンの部屋にパソコンがあった。
とりあえずネットでバイトでも探してみるか・・・。
オレはヨハンの部屋に行き、パソコンを立ち上げた。
ネットでバイトを検索すると・・・

「あるある!えぇっと・・・」

適当に近所の会社の募集記事をクリックしてみた。



ゲーム産業企業『海馬コーポレーション』受付嬢募集
明るく楽しい職場です。未経験者の方でも問題ありません。



「受付嬢か・・・。未経験者OKだし、ちょっとキープしとこっと・・・」

思ったより求人広告を載せている会社があって驚いた。
今まで他の職業なんて考えた事なかったから初めて知った。
通えそうなエリアで興味のある業種の会社をピックアップし続ける。
そのままずっと集中してしまい、気が付いた時には日が落ちて暗くなっていた。

「あ〜・・・、もうこんな時間か・・・」

大きく伸びをしてパソコンの電源を落とそうとした時、昨晩のヨハンの言葉を思い出す。

『二人でキスしている写真・・・撮ってもいいか?』
『ぅえっ・・・?』
『オレさ、何でも記念に写真に撮りたいタチなんだよ。なっ、お願い!』
『えぇー・・・。無理ぃ・・・』

まさか・・・。
ヨハンの気持ちは嬉しいけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
まして、オレたちはつい最近まで友人同士で・・・。
ヨハンの奴、隠し撮りとかしてないだろうな?
不安が過ぎり、電源を落とす前にヨハンのフォルダーを確認してみた。
マイドキュメントの中にある『記念写真』というフォルダー。


・・・。


「記念写真・・・。嫌な予感・・・」

記念写真というフォルダー名はよくあると思う。
問題はヨハンが『何』を記念としているのか。
ヨハンの事だから、オレが嫌だと言ったら素直に聞き入れてくれてる筈とは思うけど・・・。



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